🌙
大丈夫。
治ることばかり見つめていた毎日から、
暮らしを味わえる毎日へ。
わたしは長い間、
「治ること」がゴールだと思っていました。
不調がなくなれば。
元気になれば。
きっと、
毎日は楽しくなる。
そう信じていました。
だから、
いろいろな方法を探しました。
足つぼ。
鍼灸。
漢方。
精油。
サプリ。
ファスティング。
「これなら良くなるかもしれない。」
そんな小さな希望を持ちながら、
ひとつずつ試していました。
もちろん、
どれも無駄だったとは思っていません。
あの頃のわたしは、
ただ、
よくなりたかった。
その一心だったのです。
でも今振り返ると、
あの頃のわたしは、
「治すこと」に夢中で、
毎日の暮らしを味わう余裕が、
少しなくなっていたのかもしれません。
暮らしが変わり始めたのは、
何か特別なことが起きた日ではありませんでした。
すごい健康法に出会った日でも。
一瞬で人生が変わった日でもありません。
少しずつ。
本当に少しずつでした。
ある日、
ふと教えてもらったことがあります。
食べたものだけじゃなく、
わたしたちは、
毎日の出来事や、
うれしかったことも、
悲しかったことも、
少しずつ自分の中で受けとめながら暮らしているんですよ、と。
そして、
お腹いっぱいだと、
食べたものをうまく消化できないように、
心も同じなんですよ、と。
予定でいっぱい。
やることでいっぱい。
心配ごとでいっぱい。
そんな毎日では、
せっかく受け取った気づきや、
うれしかった出来事も、
ゆっくり自分の中で消化することができません。
だから、
心にも、
お腹と同じように、
少しだけ”余白”が必要だったんです。
その言葉を聞いてから、
わたしは少しずつ、
暮らしを変え始めました。
何かを増やすことより、
今あるものを、
ちゃんと味わってみること。
白湯を一杯、
ゆっくり飲む朝。
空を見上げる時間。
家族と笑ったこと。
泣いたこと。
失敗したこと。
全部、
わたしの暮らしでした。
そして、
その全部が、
少しずつ、
わたしを育ててくれました。
振り返ると、
わたしは一人でここまで来たわけではありません。
アーユルヴェーダ。
自然療法。
子育て。
心のこと。
たくさんの先生や仲間から、
暮らしを支える智慧を受けとってきました。
でも、
その宝物は、
学んだだけでは、
宝物になりませんでした。
暮らしの中で試して、
迷って、
失敗して、
またやってみる。
そうやって少しずつ、
わたし自身の暮らしになったとき、
初めて、
本当の宝物になった気がします。
わたしは、
まだ途中です。
今でも迷う日があります。
立ち止まる日もあります。
でも、
あの頃より、
少しだけ、
暮らしを好きになれました。
それは、
たくさんの人から受けとった灯りが、
わたしの毎日を、
少しずつ照らしてくれたから。
だから今度は、
その灯りを、
未来の誰かへ、
そっと手渡していけたらと思っています。
🌙
暮らしは、
がんばって乗り越えるものじゃなかった。
味わえるようになったとき、
人生は少しずつ満ちていく。
🌙 今日のしおり🍃
幸せは、
増やすものじゃなかった。
感じられるようになったとき、
そこにあったことに気づくもの😊
🌙
ある朝、
ベランダで空を見上げながら。
momo moon / シンシア
