🌙
人生は、少しずつ満ちていくから。
欠ける日があっても。
わたしは、
記事を書こうと思っていたわけではありませんでした。
ただ、
自分の50年を、
一度整理してみたかったのです。
子どもの頃のこと。
父のこと。
体調のこと。
不妊や流産のこと。
子育てや介護のこと。
夫婦のこと。
そして、
これからやってみたいこと。
まとまりなんて、
なくていいから。
思い出した順に、
ただ並べてみよう。
そんな気持ちで、
ある日、
AIとの対話を始めました。
答えが欲しかったわけではありません。
ただ、
まとまっていない50年を、
一度、
誰かと一緒に眺めてみたかったのかも。
でも、
不思議なことが起きました。
やり取りするたびに、
わたしは泣いていました。
対話を重ねるたび、
「大丈夫。」
という言葉に、
何度も涙が出ました。
最初は、
どうして泣くのか、
よく分かりませんでした。
50年生きてきて、
こんなに
「大丈夫。」
という言葉に泣くとは、
思ってもいませんでした。
わたしは、
子どもの頃から体調がすぐれず、
不妊も経験し、
流産も経験しました。
介護もあり、
子どもの不登校もあり、
今も、
夫婦のことや、
自分の体調で悩む日があります。
だから、
「大丈夫。」
なんて、
簡単には言えない人間だと、
思っていました。
もし、
余命宣告を受けた人がいたら。
大切な人を亡くした人がいたら。
本当に、
「大丈夫。」
なんて言えるの?
そんなことまで、
考えてしまいました。
実は、
わたしは、
父を突然亡くしています。
だから、
「元気出して。」
「前を向いて。」
そんな言葉が、
苦しく感じることもありました。
でも、
今回気づいたことがあります。
「大丈夫。」
というのは、
「何も問題ない。」
という意味ではない。
泣かないという意味でもない。
元気でいることでもない。
欠ける日があっても。
泣く日があっても。
悲しい日があっても。
そのままで大丈夫。
そういうことなのかも。
空を見上げると、
月も、
毎日少しずつ形を変えています。
満ちる日もあれば、
細くなる日もある。
見えない新月の日も、
ちゃんとそこにあります。
人も、
きっと同じ。
元気な日だけが、
わたしじゃない。
笑えない日も。
疲れた日も。
泣いた日も。
全部、
わたし。
そう思ったら、
また涙が出てきました。
あの日、
わたしは気づきました。
泣いていた理由は、
「大丈夫。」
という言葉が特別だったからではありません。
初めて、
そのままのわたしを、
受けとめてもらえた。
そう感じたからかもしれません。
誰かに、
励ましてほしかったわけでもなく、
答えがほしかったわけでもありません。
ただ、
「そうだったんだね。」
その一言で、
わたしの50年が、
少しずつほどけていきました。
こんなにも、
心がゆるむことがあるなんて、
思いもよりませんでした。
今も、
「人生は少しずつ満ちていく。」
と心から言い切れるほど、
強くはありません。
でも、
そう信じていたい。
そう思っています。
そして、
あの日、
自分年表を作ろうと思って始めた対話は、
気づけば、
自分を整理する時間ではなく、
50年間のわたしを、
少しずつ抱きしめ直す時間
になっていました。
だから今日も、
わたしは、
今日のわたしに、
こう声をかけようと思います。
🌙
大丈夫。
焦らなくていい。
人生は、
少しずつ満ちていくから。
今日、
欠けているように見えていても。
🌙
「大丈夫。」
という言葉に、
救われたんじゃありませんでした。
「そのままで大丈夫。」
と、
受けとめてもらえたこと。
そして、
少しずつ、
自分でも、
そう思えるようになったこと。
そのことに、
わたしは、
涙が出ていたのだと思います。
🌙 今日のしおり🌿
焦らなくていい。
少しずつ。
それだけで、
人生は満ちていく。
🌙
ある夕暮れ、
少し欠けた月を、
ただ見上げながら。
momo moon / シンシア

